ユキノシタ

野生のユキノシタを吉野へ行った時に見かけたが、日蔭の少々じめついた処に、小じんまりと群生していた。けなげであった。うちの去年までのユキノシタも同じだった。

が、小さな植木鉢に植えていたユキノシタをプランターに移したのが一昨年。小さなリードをいくつか埋めてやっただけなのだが、それが徐々に繁殖して、今春はどでかい葉っぱを伸ばし始めた。

すごい生命力。あやかりたいものであるという気持ちはおいといて、少々興醒めし始めている。植物の元気な様子に興醒めするのが、はたして正しい態度かどうか、自問自答もあるのだが。

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ユキノシタの葉は天麩羅にして食べられるらしい。大葉やシソよりも大きく肉厚、十分食える大きさに成長し(といっても、天麩羅はMに却下されたが)、花も盛大につけた。花1輪はとても小さく控え目なのに、あれだけ大量に咲くと清楚とはとてもいえない。同じプランターに植えているヤマアジサイだかクサアジサイだかの邪魔になっているようで、間引きたい気分にもなっている。これもそれも、狭いプランターを置くことしかできない我の甲斐性のなさが問題なのだが。

そんな中、トキソウが咲き始めた。これは清楚。また機会をあらためて書こう。

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俺節

昨日は久しぶりにエレカシ宮本君の動画を見ていたのだが、ふとさっき「俺節」と脳内リンクした。

親父が4トラで聞いてた、ぴんから兄弟や田端義夫や北島三郎なんざぁ興味は無いと、これらの歌を聞かされて10年以上もたった当時、当然思っていたわけだが、「俺節」の中に出てくる歌には、もろエモーショナルな部分に触れて触って、受身でいえば撫でられ感があるわけで、何なんだろうなぁーと思ったわけだ(ろう、多分)。

ニッポンの土俗性かな?

エレカシにはロックはある。歌謡曲もあるように思う。しかしポップと言うのとちょっと違う。土俗性かな?詩と曲の塊が血にダイレクトに来る。

ふと親父が入院中、体はボロボロ、肉はそげ落ちていたというのに演歌CD聞いて、(表現は忘れたが)「血が沸く」って感じのことを言っていたのを思い出した。

土田世紀さんには合掌。

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昨日の記事

朝日新聞の記事

H氏「補助金を受けないなら目的は自由。受ける以上は決定権は僕にある。その権限を与えてもらうのが選挙なんで。優先順位をつければ、人権博物館に1億円投じるより、近現代史の教育をやる。それが僕の価値観。」

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攻撃的性格

攻撃は防御から始まるとは思いつつ、それにしては、いつまで経っても攻撃的な人がいる。現に居る。
がビールを3本飲んで眠くなった。もう寝ることにする。

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自己愛人間

Mの噴火が下火になり、ほっとしている。が、そんな中で私は「自己愛」が強すぎると評価された。

その点否定する気もないのだが、理由が仕事の愚痴が多すぎると。愚痴と言うより、ため息、「しんどい」の独り言。それが私の「自己愛モード」であるらしい。確かに嫌だろうな。

当の本人だって相当嫌だし、自分が大丈夫なのか時々判らなくなる。

とのんきに書いていて、帰宅してまた地雷を踏んだようだ。自己愛を話題にしたところ、Mは自分の昔話や実家・親せきの話が多いとノタまった。そうだろうか?私には理解できなかったので、それは、そっちが過敏になっているだけじゃないの?と言ってしまったのだが地雷であった。

理解できた。今回の一件も、私が墓参りに帰ったからこうなったのだ。墓参りは忘れないのに母の日は忘れたというのが根本問題らしい。墓参りは彼岸に行けてなかった(忘れてた)のを仕事のついでに行っただけなんだけどね。

ここが地雷だ。これからどうすりゃいいのかなぁと思う。答えなんて出せないが。

ところで、寒い日が続いていたが、数日前から暖かい日にやっと変わった。そのため干からびたのだろうか?ボケの葉が急に枯れた。水はやっていたつもりだったのにどうしたのだろう?今年のユキノシタは派手に咲いている。小さな花がね。そのことについては別の機会に書こう。

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暇つぶし

暇つぶしの暇って何?

帰りの電車の中、今日も持ち越しの案件に気持ちはブルーをごまかしなのか携帯いじってこんな事やっているわけってこれは暇つぶしなのかいな?必要も意義も何もないけど、時間やカロリーや電気など使っちゃってる。暇と言えば暇だが電車で移動している訳で意味もなくボンヤリしているのと違うがじっと時間をやり過ごせないんだろうねって自分のことだが。
しかし、車両の中を見ると携帯いじっている人多数。メールか、ネットか、ゲームか、ワンセグか?プライベートもあれば、仕事もあるんだろうな。


ああ、こんな事考えていると保坂和志の「東京画」に出てくる道端や屋上に佇む人を思い浮かべるな。保坂和志の話は…またにしよ。

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失敗

疲れているのは言い訳にはならんが、私だって余裕のない生活になってんだ。特に今日は、仕事終盤パソコンがフリーズしてやったことが帳消しになり、その後は泣きたい気分で作り直したのだが、帰宅するとMが噴火。

そうなのだ、今日は母の日。仕事途中までは覚えていて、早めに終わってホームセンターへでも立ち寄ってカーネーションか何か鉢植えでも買おうと思っていたのだ。が、フリーズから後そのような気持ちは吹っ飛び、何もかも忘れてしまっていた、頭の中は早く帰りたいとの思いのみ。それが、私の特徴なのだ。目の前のこと以外は、頭の中から消える。

帰宅して「母の日」を忘れていたことを指摘され、謝罪してまだ開いているダイエーに行ったわ。「もういい」と言われながらもカーネーションの切り花デコレーションを購入。他にも何かとは思ったが、ダイエーで開いているのは食品売り場と本屋のみ。諦めて帰宅した。

帰宅すると、Mは怒りから既に寝ていた。KとYで善後策を協議した。

ははは、Yは平然として、明日に何かを贈るとのこと。太人ですわ。

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稼働

この前から国内で原子力発電所が全く動かない状態になっている。関電や国などは動かしたいと思っているのだが、周辺自治体の反対などがあって動かせない。それで、今年の夏の電力が足りないなんて話になっている。停電があるのだろうか?

経済的な面からいうと電力が足りなくなることは大変な問題。家で、電気を消してクーラーもつけないしテレビも見ないで生活すればいいということは、全く違うことだということはわかる。

それはそれとして、私にとって(もともとわかっていたことなのだが)今回の事故後に、どうにも誤魔化せなくなった問題は、(想定以上の地震が起こることがありえるとか、想定され得ない事故は常に起こりえるとか、放射能問題は一度事故が起きると元の状態に回復することは出来ないということ以外にも)原子力発電所を動かす限り、使用済み核燃料は増え続けるということだ。

今、原子力発電所に保管している(保管されているということも事故以前は知らなかった、廃棄物問題がやっかいな問題とは頭の隅に認識していたが、どうなっているのかは知ろうともしなかった)使用済み核燃料も、今後どうすると云うんだろう?奈良県だっけ?受け入れるとか言っていたが、そうやって47都道府県分割して保管していくことになるのだろうか?

これがやっかいなのは、迷惑施設といわれている施設をどこに作るかという問題に似て(いや同列の話ではないか)、リスクは利益を得ているもの、つまり全都道府県で負うべきだという考えに正当性はあるものの、日本全国放射能汚染の危険性が高まるというジレンマがあることだ。それは誰だってわかっている事。

個人的には、今ある使用済み核燃料をどうするかも決まっていないのに、さらに増やしてどうするの?という気がする。

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墓参り

今日は実家の方面に用事があり、ついでと言えば何だが墓参りに帰った。彼岸に帰れなかったからね。

父が死んで10年以上経つが、墓参りは盆、正月、彼岸と命日あたりには(できるだけ)欠かさず行っている。当たり前といえば当たり前だが、以前はこんなに墓参りには行かなかった。実家へ帰るとまず仏壇に線香をあげるなんていうことも、当然以前にはなかった行動だ。信心深くなったのか何なのか、自然にそうなったという感じなのだが。

ここ数日寒い日が続いたが、今日は晴れて穏やかな気候。そんな中、墓参りをして感じたのは彼岸から大分月日も経っているのに、花の飾られている墓が多いこと。最近墓参りした人が多いのだろう。ゴールデンウィークの帰省のためだろうか?

いや、うちの墓地は村の墓地なので家から近い。だからなのか、盆や彼岸や命日でなくても墓参りする人が多いのだろう。うちの母も今月1日に行って、今日も行こうと思っていたところだったらしい。そんな人は他にもいるだろう。この田舎には。どの墓も、飾られた花は名も知らない庭の花。墓参りが日常の生活にはまり込んでいるように思える。
この田舎臭いの感じ、土俗的(言葉が間違っているか)な感じ、この村的な感じの方が自分にはしっくりくるように思える。いつからか、墓参りの時には、地蔵さんにも線香をたて、手を合わせるのが当たり前になったのもそうである。歳をとったためなのかなぁ。

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修学旅行

K続いてYと修学旅行が続く。Kは私がかつて住んでいた信州方面。Yは広島方面とのこと。

Kはホームステイで民家に1泊するらしい。どんな宿泊になるのか。それと小集団での体験。農作業に加え、Kはそば打ちをするとのこと。スケジュールを見たがほとんど観光もなし。私の頃は団体観光ばかりだったので時代が変わったなと感じた次第。家族で海外などにも普通に旅行する時代なのだから観光は必要ないですか、体験学習が重要ということなのだろうか。まあどこに行くにしろ、何をするにしろ友達と非日常経験するのが楽しいのだろうけどね。

さっき、Yから塾の友達からゴールデンウィークの旅行土産を貰ったが、お返しをどうしようとの相談があった。その友達はフランスへ行ったらしい。すごい。うちは久美浜、おまけにお土産を買ってきてない。しょうがないので、次の機会に考えようと云うことにしたのだった。ちゃんちゃん。

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